証明とは
証明は数学全体の土台です。証明があれば、ほんのわずかな石から大きなピラミッドを組み上げられます。しかも、逆さまに立てることさえできます。
証明の意味
数学で証明をする理由はいくつかあります。いちばん大きな理由は、証明がなければ、思いついた考えや仮説を確かめられないことです。例えば、素数は有限個しかないと信じることはできます。しかし、証明がなければ、それは根拠のない主張にすぎません。一方で、証明されていない主張にも、数学(やほかの分野)での意味はあります。「素数が有限個しかないという仮定が正しければ、…というほかの理論が成り立つ」と言えるからです。
ただし、そうするなら、いつかだれかが素数は無限にあることを証明して(あとで実際に証明します)、理論全体がトランプタワーのようにくずれても、驚いてはいけません。証明があれば、決してくずれないトランプタワーを建てられるのです。
学校で証明を学ぶのは、証明を理解した人はその内容も理解できるからです。ふつう、証明を理解しないまま、その内容を深く理解することはむずかしいものです。ここで「理解する」という言葉を強調したのは、わざとです。試験の前日に証明を丸暗記して、次の日にそれを答案用紙に吐き出すだけでは、内容の理解に近づいたことにはなりません。
学習の中で、証明は「なぜそうなるのか」という問いに答えてくれます。あることがなぜ成り立つのかがわかれば、覚えるのも楽になり、しばらくたてば、一夜漬けで丸暗記した人よりもずっとよく内容を理解できるようになります。それを目指すかどうかは、自分しだいです。
証明とは何か
証明とは何かは、数理論理学では、例えば形式的な推論(構文論的な帰結)を使って厳密に定義されます。ここでは、それよりずっと簡単な定義で十分です。
どの証明でも、はじめに証明したい命題が必要です。この命題を、魔法の記号 ϕ で表しましょう。これはギリシャ文字で、「ファイ」と読みます。次に、命題 ϕ を証明するのに使う公理と仮定の集合が必要です。これを Ax で表します。公理の集合とは、すでに知っていること、正しいと仮定していることの集まりです。例えば、「どの偶数も2で割り切れる」といったことです。また、この集合には、例えば式を変形するための公式も入れておけます。こうした公式は別のところで証明済みで、正しいと仮定しているものです。例を挙げます。
ここから、集合 Ax の命題を少しずつ変形していき、命題 ϕ を導きます。どの変形も論理的に正しくなければならず、基本的な命題論理に従っていなければなりません。例えば、先ほどの公式を証明するなら、次の式から始めます。
この式を、右辺の式になるまで同値な変形で書きかえていきます。実際にやってみましょう。
1つ目の変形では累乗を積の形に書き、2つ目の変形ではかっこをはずし、3つ目の変形では同じ項をまとめ、最後の変形では積を累乗の形にもどしました。どの変形も使ってよい基本的な変形の1つで、こうした基本的な変形はすべて集合 Ax に入っていると仮定しています。
大切なのは、どの変形も正しく、すでに知っていることにもとづいていなければならないことです。数学の証明は進化のようなもので、小さな変形を少しずつ重ねて、ある式を別の式に変えていきます。
自明な証明
自明な証明とは、黒板に書ききれないので省略され、学生が宿題として教科書で勉強することになる証明を指す専門用語です。というのは冗談です。まじめに言えば、自明な証明とは、ふつうある定義から自明な1ステップで導かれる証明のことです。
例で見てみましょう。自然数の集合、つまり数の集合 ℕ = {1, 2, 3, …} を考えます。このとき、次の形の分数はどれも意味をもつといえます。
つまり、この分数が意味をもたなくなるような q, p の組は1つもありません。これをどう証明すればよいでしょうか。まず、分数が意味をもたなくなるのはどんなときかを考えます。分数が意味をもたないのは、分母が0のときです(0では割れないからです)。したがって、どんな p についても p ≠ 0 であることを示せばよいことになります。ここで、p は自然数から選んでいて、自然数は ℕ = {1, 2, 3, …} と定義しました。自然数の集合には0が含まれないので、p はいつも0ではありません。
これで証明は終わりです。分子と分母がどちらも自然数なら、分数は意味をもつことがわかりました。
自明な証明は、ふつう本当に自明です。ただし、それは周りの前提を知っている場合に限ります。例えば、集合という言葉がわからなかったり、p が集合 ℕ の要素であるとはどういうことかを知らなかったりすれば、この証明も自明ではなかったはずです。つまり、自明な証明の特徴は、簡単であることよりも、短くて、ある前提(その前提自体はいくらむずかしくてもかまいません)から簡単に導かれることにあります。
反例
反例は、ある主張が正しくないことを示す、おそらくいちばん簡単な方法です。大切なのは「ない」という部分です。反例を使えば、主張が成り立たない場合を示せます。しかし、調べる対象が無限にあるときは、一般に、いくら例を集めても主張が正しいことは示せません。
例として、「どの自然数も10より大きい」という主張を考えます。これが正しくないことは、どうすれば示せるでしょうか。この主張の反例は、例えば5です。5は自然数ですが、10より大きくありません。一方、10より大きい自然数をいくつか挙げても、この主張を証明したことにはなりません。「自然数11、12、13、123、5345は10より大きいので、この主張は正しい」とは言えないのです。これは主張が成り立つ例をいくつか選んだだけで、まったく触れていないほかの数については何もわかりません。
2つ目の例として、「身長が2メートルより高い男性は、みな茶色か青の目をしている」という主張を考えます。反例を見つけられる人はほとんどいないでしょう。では、このことからこの主張について何がわかるでしょうか。実は、何もわかりません。反例が見つからないからといって、主張が正しいとは限りません。反例はどこかにあるのに、今は見つけられないだけかもしれません。反例が見つからないことは、主張が正しいことの証明にはならないのです。
直接証明
証明の基本的な形は直接証明です。定義に従って淡々と進め、最初の命題を変形して、目的の命題を導きます。ふつう証明したいのは、含意 A ⇒ B の形の命題です。A は出発点となる仮定で、B は導きたい、証明したい命題です。つまり、「命題 A が成り立つならば、命題 B が成り立つ」という形です。証明したい命題 B だけが与えられていて、命題 A は自分で適切に選ばなければならないこともよくあります。
そこから、含意を使って次々に命題を導いていき、最後に命題 B にたどり着きます。図式的に書くと、次のようになります。
例として、次の命題が成り立つことを証明してみましょう。
1ステップずつ進めます。
- a>1 なので、当然 a>0 であり、a ≠ 0 でもあります(条件を少しゆるめただけです)。
- a は0ではなく正の数なので、不等式の両辺に a をかけても問題ありません。a が0なら等号を含まない不等号は保たれず(0>0 になってしまいます)、負の数なら不等号の向きを変えなければなりません。両辺に a をかけると、a2>a が得られます。
- ここで、a>1 であり、同時に a2>a であることがわかっています。この2つの不等式をつなげると、a2>a>1 となります。
- あとは真ん中の式を取り除けば、a2>1 が得られます。これができるのは、a が1より大きく、a2 が a より大きいからです。a2 が a より大きく、a が1より大きければ、a2 は当然1より大きくなります。
記号で書くと、次のようになります。
対偶を使った証明
対偶を使った証明(間接証明)では、含意の性質をもっと活用します。A ⇒ B の形の命題を証明したいときは、その対偶である次の命題を証明してもかまいません。
この方法のほうが、直接証明などより楽な場合もあります。背理法も似た考え方を使っていて、対偶を使った証明はどれも背理法に書きかえられます。では、次の命題を対偶を使って証明してみましょう。
まず、対偶をつくります。
a ≠ b のとき、b を和 b = a + x の形に分けられます。ここで、x は b と a の差を表します。すると、式は次のように変わります。
打ち消し合う a を消します。
x ≠ 0 なので −x ≠ 0 でもあり、この含意は成り立ちます。これで対偶が証明できたので、もとの命題も成り立ちます。
ほかの証明の方法には、例えば先ほど触れた背理法や数学的帰納法があります。