行列
体 P 上の行列とは、写像 {1, 2, …, n} × {1, 2, …, m} → P のことです。行列はふつう大文字のアルファベットで表し、A = (…) のように書きます。では、これをわかりやすく言いかえてみましょう。
基本的な用語
行列とは、簡単にいえば n 個の列と m 個の行をもつ表のようなものです。ただし、行と列の数を表す文字の付け方はいつも同じとは限らないので注意しましょう。表のそれぞれの欄には、何らかの数や式が入ります。行列は数だけからなるとは限りませんが、はじめのうちは数以外の行列に出会うことはまずないでしょう。行列は、例えば次のような形をしています。
この行列は2つの行と3つの列をもちます。行列の成分は添え字を使って表し、大文字のかわりに小文字を使います。a11 = 0、a23 = 51 のように書きます。1つ目の添え字が行を、2つ目の添え字が列を表します。
特別な行列
行列にはさまざまな性質があり、特別な行列には固有の名前がついています。
正方行列とは、行の数と列の数が等しい行列です。正方行列でない行列は長方行列です。正方行列の例:
零行列とは、すべての成分が0、つまり aij = 0 の行列です。
単位行列とは、主対角線上の成分が1で、それ以外の成分がすべて0の正方行列です。主対角線とは、左上から右下へ向かう「対角線」のことです。つまり、i = j となる位置にある成分です。日本の教科書では、単位行列をふつう E で表します。
階段行列とは、成分がすべて0の行(零行)が下にまとまっていて(零行がなくてもかまいません)、0でない各行の先頭に並ぶ0の個数が、その上の行より多い行列です。次の行列はすべて階段行列です。
行列 A の転置行列とは、
対称行列とは、等式 A = AT を満たす正方行列 A です。対角線に関して対称な位置にある成分が等しくなります。つまり、aij = aji と書けます。
交代行列は対称行列とほとんど同じですが、対角線の反対側にある成分の符号が逆になり、A = −AT が成り立ちます。そのため、主対角線上の成分は0でなければなりません。a = −a = 0 となるからです。
対角行列とは、主対角線以外の成分がすべて0の行列です。正確には、主対角線以外が0であればよく、主対角線上の成分は何でもかまいません。
行列の基本的な演算
行列は足し合わせることも、数をかけることも、行列どうしをかけることもできます。
行列の和は、かなり直感的です。二つの行列が同じ型(行の数も列の数も等しい)なら、結果の行列の各成分は、もとの行列の同じ位置にある成分の和になります。つまり、行列の和 A + B = C では aij + bij = cij が成り立ちます。
行列の和は明らかに交換法則と結合法則を満たします。A + B = B + A、A + (B + C) = (A + B) + C です。
行列の実数倍も直感的です。行列のすべての成分にその数をかけるだけです。k · A = k · aij。
行列の積
行列の積は少しやっかいです。予想するほど直感的ではないからです。対応する成分どうしをかけるだけではありません。まず、1つ目の行列の列の数が、2つ目の行列の行の数と等しくなければなりません。それ以外の行や列の数は何でもかまいません。これで積を定義できます(n は1つ目の行列の列の数です)。
式だけではわかりにくいので、具体的に説明しましょう。1つ目の行列の第1行と、2つ目の行列の第1列をとります。1番目の成分どうしをかけ、それに2番目の成分どうしの積を足し、さらに次の成分どうしの積を足していきます。こうして、新しい行列 C の成分 c11 が得られます。例を見るのがいちばんです。次の二つの行列をかけてみましょう。
まず、1つ目の行列の第1行と、2つ目の行列の第1列を選びます。
わかりやすくするため、新しくできる行列を C とします。この行列の最初の成分を求めるには、c11 = a11 · b11 + a12 · b21 を計算します。添え字は、先が行、後が列であることに注意しましょう。値を代入すると、1 · 5 + 2 · 7 = 19 となります。最初の成分の値は19です。
次の成分 c12 も同じように求めますが、今度は第1行と第2列をとります。この計算では、選んだ行と列が交わる位置の成分が得られます。第1行と第1列が交わるのは c11 の位置、第1行と第2列が交わるのは c12 の位置です。次の図がこれをよく表しています。
残りの成分もすばやく計算してしまいましょう。
あとはこれらの数を行列に書き込むだけです。
結果が正しいかどうかは、例えば Excel や OpenOffice の Calc で確かめられます。どちらにも行列を扱う関数があります。オンラインの行列計算ツールを使ってもよいでしょう。
行列の積について、一般的なことをいくつか述べておきます。まず、行列の積は交換法則を満たしません。一般には A · B = B · A は成り立ちません。もちろん、成り立つ場合もあります。しかし、行列の積は結合法則を満たします。さらに、和に対して分配法則 A (B + C) = AB + AC も成り立ちます。二つの行列 aix · bxn をかけると、結果は i × n 型の行列になります(行の数は1つ目の行列の行の数、列の数は2つ目の行列の列の数と等しくなります)。
例題
次の三つの行列が与えられています。
行列の積 A · B を求めなさい。
行列の積 B · A を求めなさい。
行列の積は交換法則を満たさないので、結果が前の問題と同じになるとはいえません。すべてもう一度計算する必要があります。
行列の積 A · C と C · B を求めなさい。
2つ目の積は計算できません。1つ目の行列の列の数が、2つ目の行列の行の数と異なるからです。
行列の基本変形
行列を効率よく扱うために、行列の基本変形を定義しておきます。まず、行列のある行(または列)に0でない数をかけることができます。その効果は行列の k 倍と同じですが、その行(または列)だけに現れます。
二つ目の変形は、第 i 行に第 j 行の k 倍を加えるものです。列についても同様です。難しそうに聞こえますが、実際は簡単です。k = 1 の場合でやってみましょう。次の行列を考えます。
第1行に第2行を加えます。第2行をとり、その各成分を第1行の同じ位置の成分に加えます。第2行の数は変わらず、第1行だけが変わります。
続けて変形してみましょう。今度は第3行に第1行の2倍を加えます。新しくできた行列から第1行をとり出して2倍すると、行 (10, 14, 18) が得られます。これらの数を第3行に加えます。やはり第1行は変わらず、第3行だけが変わります。
次に、第3行に第1行と第2行の和を加えます。これは本質的に新しい操作ではありません。第3行にまず第2行を加え、次に第1行を加えても、同じ結果になるはずだからです。第1行と第2行の和は (5, 7, 9) + (4, 5, 6) = (9, 12, 15) です。この行と第3行の和は (9, 12, 15) + (17, 22, 27) = (26, 34, 42) になります。
列の変形も一つやってみましょう(列の変形はわかりにくいので、ふつうはあまり使いません)。第2列に第1列を加えます。
最後に、第2行を2倍します。
1次従属
次に、1次従属な行や列とは何かを説明します。ある行が行列の他の行の線形結合(1次結合)で表せるとき、その行は1次従属であるといいます。簡単にいえば、他の行をうまく足し合わせて目的の行がつくれるなら、その行は1次従属です。例を見てみましょう。
第1行の2倍と第2行を足すと、第3行が得られます。第3行からこの組み合わせを引くと、零行(成分がすべて0の行)が得られます。この行は1次従属です。変形は次のように行います(第1行を2倍し、それを第2行に加え、第3行から引きます)。
n 個の行をもつ行列 A があり、Ai が第 i 行を表すとします。このとき、
となるのが α1, α2, …, αn = 0 のとき、かつそのときに限るならば、その行列は1次従属な行を含まないといいます。右辺の0は零行を表します。つまり、この方程式の解が自明な解(すべて0)だけのときです。他の解が見つかれば、その行列は1次従属な行を含みます。列についても同様です。前の行列では、次が成り立ちます。
したがって、α の値は α1 = 2, α2 = 1, α3 = −1 です。
1次独立な行または列の個数が、行列の階数です。
正則行列と特異行列
正方行列で、階数が最大のとき(つまり、1次従属な行を一つも含まないとき)、その行列を正則行列といいます。正則でない正方行列(つまり、1次従属な行を少なくとも一つ含む行列)を特異行列といいます。この二つの概念はかなり重要で、多くの定義がこれをもとにしています。行列が正則のときにだけ定義されるものがたくさんあります。