✖

摩擦力

机の上のマグカップを指で軽くつついてみましょう。少しすべって止まります。タイルの上ですべった靴も、少しだけすべって止まります。ところが慣性の法則によれば、合力がはたらかない物体は同じ速度で動き続けるはずです。ですから、何かが物体を減速させているのです。それが摩擦です。摩擦力は、2つの面がこすれ合いながらすべるとき、またはすべろうとするときに、その2つの面がお互いにおよぼし合う力です。

しかし摩擦は、じゃまものというだけではありません。摩擦がなければ、足の裏は地面の上を後ろにすべり、タイヤはその場で空回りしてしまいます。1歩も歩けず、自動車も動き出せないでしょう。

静止摩擦力

花子さんは引っ越しのため、質量 60 kg の木のたんすを木の床の上で動かそうとしています。そっと押してみますが、たんすはびくともしません。このとき、たんすには花子さんの手による水平な力 F→ がはたらいています。たんすは静止しているので、合力は0でなければならず、押す力と反対向きに同じ大きさの力がはたらいています。これが、床からたんすの底にはたらく静止摩擦力です。

花子さんはもっと強く押します。それでもたんすは動かないので、静止摩擦力も押す力といっしょに大きくなったのです。静止摩擦力はいつも、たんすをその場にとどめておくのにぴったり必要なだけの大きさで、1ニュートンも多くはなりません。花子さんが押すのをやめると、静止摩擦力もなくなります。たんすがひとりでに花子さんのほうへ動き出すことはないからです。

ただし、静止摩擦力は限りなく大きくなれるわけではありません。静止摩擦力には最大値があり、花子さんの押す力がそれを超えると、たんすは動き出します。

動摩擦力

たんすがすべり出すと、そのあとは動摩擦力 f→ がたんすを減速させます。動摩擦力は運動と反対向きにはたらき、たんすの速さにはほとんど関係しません。このとき花子さんは、ふしぎなことに気づきます。たんすを押して動かし続けるほうが、動き出させるよりも楽なのです。動摩擦力は最大摩擦力より小さくなります。

なぜでしょうか。なめらかに見える面も、顕微鏡で見ると凹凸だらけです。静止しているときは、たんすの底と床の凹凸がかみ合い、ふれ合っている所で材料どうしが少しくっつきます。たんすを動き出させるには、これらのつながりをすべて一度に断ち切らなければなりません。すべっている間は、凹凸がそれほど深くかみ合う時間がなく、むしろお互いを乗り越えていきます。

押す力 F に対する摩擦力 f:はじめは静止摩擦力が押す力とともに大きくなり、動き出すと小さい動摩擦力が残る

たんすが静止している間は、摩擦力は押す力に等しく、グラフは赤い斜めの直線になります。オレンジ色の点で押す力が最大摩擦力に達すると、たんすは動き出し、摩擦力は動摩擦力の小さい値に下がります。そのあとは、花子さんがどれだけ強く押しても、摩擦力はその値のままです。これを表すのが青い水平な線です。

摩擦力の大きさ

面どうしが強く押しつけられるほど、凹凸は深くかみ合い、摩擦力は大きくなります。空のたんすは、本がぎっしり入ったたんすより楽に動かせます。押しつける強さは、台が物体を押す垂直抗力 N→ で表され、動摩擦力はこれに比例します。

f=μ′⋅N,

ここで μ' は動摩擦係数です。2つの力の比なのでニュートンが約分され、係数には単位がありません。係数は、どの2つの面がこすれ合うかだけで決まり、測定によって求めます。ふれ合う面積はほとんど関係しません。横に倒したたんすも、立てたたんすと同じくらいの力で押さないと動きません。

最大摩擦力も同じ式で計算しますが、より大きい静止摩擦係数 μ を使います。動摩擦係数のおおよその値は次のとおりです。

面 μ'
ゴムと乾いたアスファルト 0.7
ゴムとぬれたアスファルト 0.5
ゴムと雪 0.3
ゴムと氷 0.1
木と木 0.3
鋼鉄と氷 0.02

実際の値は、タイヤの種類や温度、面がどれだけなめらかかによって変わります。いちばんすべりにくいのは乾いたアスファルトの上のゴムで、いちばんすべりやすいのは氷の上の鋼鉄のスケートの刃です。冬に歩道に砂をまくのは、氷の上の摩擦係数を大きくするためです。

摩擦係数は自分で測ることもできます。木片を板の上に置き、ばねばかりで一定の速さで動くように引きます。このとき、ばねばかりの目盛りは動摩擦力を表しています。次に木片をばねばかりにつるして重力を測ります。水平な板の上では、重力は垂直抗力と同じ大きさです。2つの値の比が摩擦係数です。

たんすを押すのに必要な力

花子さんがどれだけ強く押さなければならないかを求めましょう。床は水平で、花子さんは水平に押すので、鉛直方向にはたらくのは重力と垂直抗力だけです。たんすは上にも下にも動かないので、2つの力は同じ大きさです。

N=W=m⋅g=60kg⋅9.81m/s2≒588.6N

木と木なら μ' = 0.3 です。摩擦力の式に代入します。

f=0.3⋅588.6N≒177N

たんすを一定の速さで動かし続けるには、花子さんはおよそ 177 N の力で押さなければなりません。このとき押す力と摩擦力がつり合い、合力は0になります。

一定の速さですべるたんすにはたらく力:押す力 F⃗、摩擦力 f⃗、重力 W⃗、垂直抗力 N⃗

摩擦係数を質量にそのままかけてしまうまちがいがよくあります。しかし 0.3 · 60 kg = 18 kg は力ではなく、キログラムのままです。式に入れるのは、ニュートンで表した垂直抗力です。

しかも、垂直抗力がいつも重力に等しいとはかぎりません。花子さんがたんすにひじをついて上からも押せば、床がたんすを押す力は強くなり、摩擦力も大きくなります。逆にベルトをかけて斜め上に引けば、ベルトがたんすを少し持ち上げるので、垂直抗力が小さくなり、摩擦力も小さくなります。

たんすを動き出させるには、もっと大きな力が必要です。木と木の静止摩擦係数はおよそ μ = 0.5 なので、最大摩擦力は次のようになります。

0.5⋅588.6N≒294N.

花子さんは最初、あとで必要になる力に、さらにその3分の2ほどを上乗せした力で押さなければなりません。たんすが動き出したあとも花子さんが少しの間同じ力で押し続けると、押す力は摩擦力をおよそ 118 N 上回ります。運動方程式により、これによってたんすには次の加速度が生じます。

a=118N60kg≒2m/s2.

たんすは勢いよく前へ飛び出し、花子さんはあやうく転びそうになります。引っ越し業者はこのことを知っています。重い家具は、目的の場所に着くまで止めないようにします。もう一度動き出させるほうが、押して動かし続けるより大変だからです。

転がり摩擦と車輪の役割

でも花子さんは、キャスターのついた引っ越し用の台車を借りることもできます。車輪は床の上をすべるのではなく、転がります。車輪が床にふれている点は、その瞬間には床に対して動いていないので、凹凸を断ち切ったり乗り越えたりする必要がありません。それでも、転がる車輪もやがては止まります。車輪も床も、ふれ合っている所がわずかにへこみ、車輪はいつも小さなくぼみからはい上がっているようなものだからです。これを転がり摩擦(転がり抵抗)といいます。

転がり摩擦も摩擦力と同じように計算しますが、係数はずっと小さくなります。なめらかな床の上のかたいキャスターでおよそ 0.02、アスファルトの上の空気の入ったタイヤで 0.01 ぐらい、レールの上の列車の鋼鉄の車輪ではわずか 0.002 ほどです。台車の質量を無視すると、台車にのせたたんすを花子さんが押す力は次のとおりで、

0.02⋅588.6N≒12N,

すべらせるときの15分の1です。荷物を車輪で運び、スーツケースにキャスターがついているのはこのためです。空気が不足したタイヤは大きくへこむので、転がり摩擦が大きくなり、自動車はガソリンを多く使います。

氷の上で車がなかなか止まれない理由

これで、氷の上では乾いた道路よりずっとブレーキがききにくい理由を説明できます。質量 m の自動車が、水平な道路でブレーキをかけています。空気抵抗を無視すると、水平方向の力は、タイヤと道路の間の摩擦力ただ1つになります。道路は水平なので、垂直抗力は重力とつり合い N = m · g で、摩擦力は次のとおりです。

f=μ′⋅m⋅g.

ここでは摩擦力がすべての力の合力なので、運動方程式により、質量と加速度の大きさ、つまり減速の大きさ |a| の積に等しくなります。

m⋅|a|=μ′⋅m⋅g

両辺を質量で割ります。

|a|=μ′⋅g

質量が約分されました。重い自動車は道路を強く押すので摩擦力は大きくなりますが、そのぶん減速もしにくくなります。したがって、同じタイヤをつけていれば、小さな自動車も荷物を積んだワゴン車も同じように減速します。

乾いたアスファルトの値を代入します。

|a|=0.7⋅9.81m/s2≒6.9m/s2

丸めると 7 m/s2 で、乾いた道路でのふつうの減速の大きさです。ぬれたアスファルトでは 4.9 m/s2、雪の上では 2.9 m/s2、氷の上では次のようになります。

|a|=0.1⋅9.81m/s2≒1m/s2.

制動距離の式では、減速の大きさが分母にあります。

sb=v22⋅|a|=v22⋅μ′⋅g

そのため、係数が7分の1になれば、制動距離は7倍になります。高速道路を 80 km/h、つまり 803.6m/s≒22.2m/s で走る自動車を考えましょう。乾いたアスファルトの上では次のとおりです。

sb=(803.6m/s)22⋅0.7⋅9.81m/s2≒36m

氷の上では分母が 0.7 ではなく 0.1 になり、制動距離はおよそ 252 m、4分の1キロメートルになります。どんなブレーキでもこれはどうにもなりません。実際に車を減速させなければならないのは、道路だからです。

表の係数は動摩擦係数なので、ロックして道路の上をすべる車輪にあてはまります。自動車には、車輪がロックしないようにする ABS という装置がついています。このときタイヤは転がり続け、タイヤと道路の間には、より大きい静止摩擦力がはたらきます。そのため自動車は少し手前で止まることができ、ブレーキをかけながらハンドルで向きを変えることもできます。

摩擦力の計算ツール

水平な台の上に置いた物体の質量と、表の摩擦係数を入力してください。摩擦力 f = μ' · m · g を計算します。静止摩擦係数(木と木ならおよそ0.5)を入力すると、動き出させるのに必要な力が求められます。

ここまでのたんすや自動車は、すべて水平な床の上にありました。そこでは垂直抗力が重力全体とつり合います。斜面の上ではそうはいきません。そりがすべり降りるか、摩擦力で止まったままかは、坂がどれだけ傾いているかで決まります。

斜面の上で重力がどのように分解され、そりにどれだけの加速度が生じるかは、次の記事斜面で説明します。