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運動と静止

特急列車の座席に座って本を読んでいるところを想像してみましょう。このとき、自分は動いているでしょうか。向かいの席の人なら「動いていない」と答えるでしょう。ずっと同じ席に、その人から1メートルのところに座っていて、一度も動いていないからです。ところが、途中の駅のホームに立っている女性なら、列車が目の前を 160 km/h で通り過ぎていくというでしょう。そして、どちらも正しいのです。

上はホームから見た様子。女性は立ち止まっていて、乗客と向かいの人を乗せた車両が右へ通り過ぎる。下は同じ場面を車両から見た様子。車両は止まっていて、女性がホームや駅舎ごと左へ去っていく

上はホームから、下は車両から列車を見たところです。2本の赤い矢印は同じ運動を表していますが、見ている場所がそれぞれ違います。

駅に止まっている列車に乗ったことがあれば、こんな錯覚を経験したことがあるでしょう。隣の線路の列車がゆっくり動きだすと、一瞬、自分の列車が動きだしたように感じます。駅舎を見て、はじめて自分が止まっていることに気づきます。目には、運動を比べる基準になるものが必要なのです。

座標系

物体が動いているのか止まっているのかは、それだけでは決められません。いつも何に対してかを言い添える必要があります。運動を判断するときのよりどころにする物体を、基準となる物体といいます。列車の中の向かいの人にとっては車両が、ホームの女性にとっては地球が、基準となる物体です。

物体が基準となる物体に対して位置を変えないとき、その物体は静止しています。座席で本を読んでいる自分は、車両に対しては静止していますが、地球に対しては動いています。逆に、ホームの女性は地球に対しては止まっていますが、列車の乗客に対しては 160 km/h で後ろへ去っていきます。運動も静止も相対的、つまりどこから見るかによって決まるのです。

位置を数で表すために、基準となる物体に座標軸を固定します。原点とよぶ点を一つ選び、そこから数学でグラフをかくときと同じように x 軸と y 軸を引きます。駅なら、例えば駅員のいる場所を原点にして、x 軸を線路に沿って、y 軸を線路に垂直にとることができます。すると、物体の位置は二つの数で表されます。一方の軸の向きにどれだけ離れているかと、もう一方の軸の向きにどれだけ離れているかです。列車の中なら、例えば車両のドアのところに原点を選びます。基準となる物体と座標軸、それに時間を測る時計を合わせたものを座標系といいます。

駅を上から見た図。線路、線路に沿った x 軸、線路に垂直な y 軸、駅員のいる場所の原点 O、両方の軸に沿った距離で表された車両の中の位置

車両の中の位置を表す黒い点は、x 軸に沿った赤い距離と、y 軸に沿った青い距離で決まります。

日常生活では、ほとんどいつも地球が基準になっているので、わざわざ言わないことがほとんどです。車が 90 km/h で走っている、家が止まっているというときは、地球に対してという意味です。しかし、「動かない」家も完全に静止しているわけではありません。地球は自転しているので、北緯50度付近(チェコなど)にある家は、1日に長さ約 26,000 km の円をえがきます。つまり、1時間に 1,000 km 以上進むことになります。そのうえ、地球は約 30 km/s の速さで太陽のまわりを回っています。この文を読み終えるまでの間に、家もソファーも地球と一緒に150キロメートルほど移動しています。その太陽も静止してはおらず、銀河系の中心のまわりを回っています。何に対してかを言わない「本当の」静止状態にある物体は、存在しないのです。

質点

高速道路を走る車の長さは約 4.5 m ですが、走る区間の全長は約 205 km あります。この高速道路全体を長さ 20 cm の線として紙にかくと、図の中の車は約 4 µm になります。髪の毛の太さの16分の1です。車がいつ目的地に着くかを知りたいなら、車の長さも、ハンドルの位置も、窓が開いているかどうかも関係ありません。車を、地図の上を動いていく一つの点と考えてかまいません。

このような単純化を質点といいます。質点とは、その場面で大きさを無視できる物体のことです。物体を点で置きかえ、その点に物体全体の質量をもたせます。物理では、回転したり、曲がったり、形を変えたりする実際の物体よりも、質点のほうがずっと簡単に計算できます。

ただし、物体を質点と考えてよいかどうかを決めるのは、物体そのものではなく、何を問題にしているかです。同じ車でも、駐車するときは質点ではありません。ここでは車の大きさこそが問題になります。ほかの2台の間に入るかどうか、縁石まで何センチメートル残っているかです。一方、太陽のまわりを回る地球は質点です。地球の直径は約 12,700 km ですが、太陽までの距離 150,000,000 km に比べれば無視できます。ところが、昼と夜の入れかわりを考えるときは、地球が回転する球であることを考えに入れなければならず、点で置きかえることはできません。

左は長い道のりを走る車を点として表したもの、右は同じ車がほかの2台の間に駐車するところ

左の長い道のりでは車を点で置きかえれば十分ですが、右の駐車では車の大きさが問題になります。

軌跡

質点が運動するときにえがく線を軌跡といいます。軌跡が目に見えることもあります。空高く飛ぶ飛行機は白い飛行機雲を残し、スキーヤーは雪の上にシュプールを残します。軌跡は直線のことも、円のことも、そのほかのどんな曲線のこともあります。

運動と静止と同じように、軌跡も座標系によって変わります。自転車の前輪についている空気入れのバルブを考えましょう。自転車に乗っている人が走りながら前輪を見下ろすと、車輪はその場で回っていて、バルブはぐるぐる回って見えます。バルブの軌跡は円です。ところが、歩道に立って自転車が通り過ぎるのを見ている友だちには、円は見えません。車輪は前へ転がっていき、バルブも一緒に前へ進むので、弧がいくつも連なった線をえがきます。

上は自転車に乗っている人から見た車輪で、バルブは円の上を回る。下は歩道から見た同じ車輪で、バルブはサイクロイドの弧をえがき、車輪は1回転で円周の長さだけ進む

図の上は、自転車に乗っている人から見た車輪、つまり自転車のフレームに固定した座標系で見た車輪です。オレンジのバルブは赤い円の上を回ります。下は同じ車輪を地面に固定した座標系で見たものです。灰色の破線の円は、バルブが下にあって道路に接していたときの車輪の位置を示しています。車輪が1回転する間に、バルブは赤い弧をえがきます。図の上下は、同じバルブの同じ運動を、二つの異なる座標系から見たものです。アニメーションでは、これを一歩ずつ見せます。上では車輪が回り、下では同時に転がっていき、その間にバルブが二つの軌跡を同時にえがきます。

歩道から見たバルブのえがく曲線をサイクロイドといいます。とがった点は下、つまりバルブが道路にふれる位置にあります。車輪は道路の上をすべらずに転がるので、その瞬間に地面に接している点は一瞬止まっています。バルブはそこで止まり、すぐにまた上がりはじめます。はじめはほぼ真上に向かいます。正確にいうと、バルブはリムの上にあり、タイヤの表面より数センチメートル中心寄りなので、道路にはふれません。そのため、バルブの曲線は下でとがらず、鋭く曲がるだけです。ほぼ正確なサイクロイドをえがくのは、例えばタイヤの溝にはさまった小石です。

車輪は1回転でどれだけ進むでしょうか。すべらなければ、巻き尺を伸ばすように、円周全体が道路の上に転がり出ます。半径 r の円の円周は 2π · r(π≒3.14)なので、車輪の中心は1回転で 2π · r 進みます。自転車の車輪の円周は 2 m を少し超えるので、1キロメートル進む間に500回近く回転します。

列車の中でも同じことがいえます。列車がまっすぐな線路を一定の速さで走っているとき、車両の中でりんごを落とすと、りんごは真下に、足もとへ落ちます。ホームの女性から見ると、りんごは落ちながら列車と一緒に前へ進むので、斜めの弧をえがいて飛んでいきます。

左は車両の中で真下に落ちるりんご、右は同じりんごをホームから見たもので、斜めの弧をえがいて落ちる

左は車両の中から見たりんごの落下、右はホームの女性から見たりんごの落下です。

道のり

物体が進んだ軌跡の長さを道のりといい、s で表します。道のりはスカラー、つまり単位のついた数です。車の走行距離計(オドメーター)は道のりを測っています。まっすぐ進んでも、曲がっても、バックしても、車が進んだ1メートル1メートルを足していきます。そのため、道のりは時間とともに減ることはありません。家に帰ってきても、歩いたキロメートルが差し引かれることはありません。

変位

ハイキングに出かけた太郎さんは、山小屋を出て東へ 3 km、それから北へ 4 km 歩きました。全部で 7 km 歩きましたが、山小屋からは 5 km しか離れていませんでした。出発した地点から到着した地点へ向かう矢印が、太郎さんの変位です。これで二つの量を正確によび分けられます。道のりは 7 km、変位の大きさは 5 km です。

変位はベクトルを使うとうまく表せます。座標系の中での物体の位置を、原点から物体が今いる地点へ向かう矢印で表します。この矢印を位置ベクトルといい、r→ で表します。

原点 O から出る位置ベクトル r⃗_1、r⃗_2 と、その終点どうしを結ぶ変位

図の黒い線は軌跡で、オレンジで示した2点は物体が順に通った地点です。青い矢印は位置ベクトルで、r→1 は物体のはじめの位置、r→2 は終わりの位置を示しています。二つの地点の間の軌跡、つまり物体が進んだ道のりを赤で強調しています。1つ目の地点から2つ目の地点へ向かう緑の矢印が変位です。

変位は、位置がどれだけ変化したかを表します。物理量の変化は、その量記号の前にギリシャ文字の大文字 Δ(デルタ)をつけて表すので、変位は次のように書きます。

Δr→

「デルタ アール」と読みます。全体で一つの記号で、積ではありません。なぜ変化なのでしょうか。図を見てください。青い矢印 r→1 に緑の矢印をつなげると、青い矢印 r→2 になります。ベクトルでは、このように2本目の矢印が1本目の終点から始まります。

r→1+Δr→=r→2

両辺から r→1 を引きます。

Δr→=r→2−r→1

変位は、終わりの位置とはじめの位置の差です。原点 O を別の場所にとると、2本の青い矢印はどちらも変わりますが、緑の矢印は変わりません。つまり、変位は原点をどこに選ぶかにはよらず、物体がどこから出発してどこに着いたかだけで決まります。変位の大きさ、つまり緑の矢印の長さは |Δr→| と書きます。

道のりと変位には二つの違いがあります。道のりはスカラーで、変位は向きももつベクトルです。また、道のりは途中の道すじ全体を数えますが、変位ははじめと終わりだけで決まります。太郎さんが回り道をしても、途中で忘れたスマートフォンを取りに3回戻っても、変位は同じです。2点を結ぶ最短の線は線分なので、変位の大きさが道のりを超えることはなく、|Δr→|≦s です。二つが等しくなるのは、物体が直線上を運動し、一度も引き返さない場合だけです。

校庭のトラック1周

校庭のまわりに、円の形をした長さ 400 m のトラックがあります。さくらさんがスタート地点から走りだし、トラックを1周します。さくらさんが進んだ道のりと、さくらさんの変位はいくらでしょうか。

左は1周の場合で、スタートとゴールが同じ点にある。右は半周の場合で、変位は直径に沿っている。半径は r

道のりは明らかです。軌跡全体の長さが 400 m なので、s = 400 m です。ところが、さくらさんは走りだした地点に戻ってきました。はじめと終わりが一致していて、ある点から同じ点へ向かう矢印には長さがありません。これは零ベクトルです。

Δr→=0→

さくらさんは400メートル走ったのに、変位は0です。ずっとスタート地点から動かなかったとしても、変位は同じになります。道のりと変位を混同しないようにしましょう。

今度は、さくらさんが半周だけ走ります。道のりは 400 m の半分なので、s = 200 m です。さくらさんは円の反対側、スタート地点の真向かいで走り終えました。緑の変位の矢印は円の中心を通るので、その長さは直径、つまり半径 r の2倍です。半径は円周の長さから求めます。円周の長さは 2π · r で、これが 400 m であることがわかっています。

2π⋅r=400m/÷2πr=400m2π

変位の大きさは半径の2倍です。分子の2と分母の2が約分されます。

|Δr→|=2⋅r=2⋅400m2π=400mπ

π に近似値 3.14 を代入します。

|Δr→|≒400m3.14≒127m

半周したあと、さくらさんは 200 m 走ったのに、スタート地点からは約 127 m しか離れていません。ちなみに、トラックの半径はその半分の約 63.7 m です。

では、4分の1周ならどうでしょうか。道のりは 400 m の4分の1なので、s = 100 m です。今度は、変位は中心を通らず、斜めに向かいます。

4分の1周。2本の半径 r は直角をなし、変位は直角三角形の斜辺になる

スタート地点とさくらさんの新しい位置を、それぞれ円の中心と結びます。さくらさんは円周の4分の1を走ったので、2本の青い半径は垂直で、変位と合わせて直角三角形をつくります。半径が直角をはさむ2辺、変位が斜辺です。太郎さんの散歩のときと同じように、三平方の定理を使います。

|Δr→|2=r2+r2=2⋅r2.

平方根をとります。r2 の平方根は r なので、次のようになります。

|Δr→|=2⋅r.

半径 63.7 m と 2≒1.414 を代入します。

|Δr→|≒1.414⋅63.7m≒90m

三つの場合をまとめると、次のようになります。

区間 s |Δr→|
4分の1周 100 m 90 m
半周 200 m 127 m
1周 400 m 0 m

道のりは増え続けますが、変位の大きさははじめは増え、そのあと減って0に戻ります。さくらさんがスタート地点から最も離れるのは半周したときで、最後にはまたスタート地点に戻っています。

運動の分類

運動は二つの観点で分類できます。一つ目の観点は軌跡の形です。軌跡が直線の場合を直線運動といいます。エレベーターや、木から落ちるりんごはこのように運動します。軌跡が曲がっている場合は曲線運動です。曲線運動の中で最も重要なのは円運動で、例えばメリーゴーラウンドや時計の針の先の運動がそうです。

二つ目の観点は、物体がどれくらいの速さで運動しているかです。等しい時間にいつも同じ道のりを進む場合(1秒ごとに同じであるだけでなく、0.1秒ごとでも0.01秒ごとでも同じ場合)、その運動は等速です。地下鉄の駅のエスカレーターや、回っているメリーゴーラウンドがそうです。等しい時間に進む道のりが違う場合、つまり物体が速くなったり遅くなったりする場合は、速さが変化する運動です。落ちるりんごはだんだん速くなりますし、エレベーターは動きだしたあと、止まる階の手前でブレーキをかけます。渋滞の中の車は、のろのろ進んだり止まったりします。

二つの観点は自由に組み合わせられます。

運動 軌跡 速さ
エスカレーター 直線 等速
エレベーター 直線 変化する
落ちるりんご 直線 変化する
回っているメリーゴーラウンド 曲線 等速
時計の針の先 曲線 等速
町を走る車 曲線 変化する

注意しましょう。この分類も座標系によって変わります。一定の速さで走っている自転車に乗っている人から見ると、バルブは円の上を等速で運動しています。歩道から見ると、バルブの運動は速さが変化する曲線運動です。道路の近くではほとんど止まり、上では車輪の中心のほぼ2倍の速さで進みます。上では、車輪が前へ進む運動に、中心のまわりを回るバルブの運動が加わり、その向きも前向きだからです。一方、下ではバルブの運動は後ろ向きで、車輪の運動をほぼ打ち消します。バルブはいつも同じで、見る場所が違うだけです。

等速の運動と速さが変化する運動は、ここまで、等しい時間に物体がどれだけの道のりを進むかだけで見分けてきました。エスカレーターがどれくらいの速さで動くのか、上にあるバルブが下にあるときより何倍速いのかを表す数がまだありません。その数が速さで、次の記事速さと速度で扱います。