速さと速度
男子100メートル走の世界記録は、2009年にベルリンで行われた世界陸上で出たもので、100 m を 9.58 s で走りました。これはどれくらいの速さでしょうか。ずっと同じペースで走ったとすると、1秒あたり次のようになります。
1秒ごとに10メートル以上です。キロメートル毎時ではいくらでしょうか。
制限速度が時速50 kmの道路なら、しばらくは車と並んで走れるくらいの速さです。ただし100メートルだけで、それ以上はこのペースを保てません。
速さの式
式だけが知りたいなら、速さ v は、道のり s を、物体がその道のりを進むのにかかった時間 t で割って求めます。
速さは、物体が単位時間、例えば1秒や1時間あたりにどれだけの道のりを進むかを表します。同じ時間に進む道のりが長いほど、速さは大きくなります。逆に、同じ道のりを進むのに時間が長くかかれば、速さは小さくなります。時間は分母にあるからです。
単位は、道のりの単位を時間の単位で割って得られます。道のりをメートル、時間を秒で表すと、メートル毎秒 m/s になります。道のりをキロメートル、時間を時間で表すと、キロメートル毎時 km/h になります。二つの単位は 3.6 を使って換算します。m/s から km/h へはかけ、逆は割ります。
平均の速さ
ある町から別の町まで、高速道路を通る道のりは約 205 km です。鈴木さん一家は、ガソリンスタンドでの休憩も含めて 2.5 h かかりました。どれくらいの速さで走ったのでしょうか。
計算してみましょう。
ところが、車のスピードメーターが 82 km/h を示していたことはほとんどありません。高速道路ではおよそ 120 km/h、途中の渋滞では 20 km/h、ガソリンスタンドでは0でした。82 km/h という数は平均の速さです。車が止まらずにずっとこの速さで走ったとすれば、同じ時間で目的地に着く、という速さです。平均の速さは
全体の時間には、止まっていた時間も含めます。もし鈴木さん一家がガソリンスタンドで1時間長く休んでいたら、同じ 205 km を 3.5 h で走ったことになり、平均の速さは次のように下がります。
はじめに求めた100メートル走の 10.44 m/s も平均の速さです。選手はスタートで静止した状態から飛び出し、最初の数メートルはまだ加速している途中なので、はじめは遅く、終わりのほうは速く走っています。ベルリンでの計測では、60メートル地点から80メートル地点までの区間、つまり 20 m を 1.61 s で走りました。
レース後半の短い区間では、100メートル全体の平均よりかなり速かったことがわかります。
行きは時速60 km、帰りは時速40 km
この問題は、ほとんどの人がはじめは間違えるので、テストや入試によく出ます。山田さんは、120 km 離れた別荘まで 60 km/h で車を走らせました。帰りは道路が混んでいたので、40 km/h でしか走れませんでした。往復全体での平均の速さはいくらでしょうか。
二つの速さを足して2で割りたくなります。
しかし、これは間違いです。平均の速さは速さの平均ではなく、全体の道のりを全体の時間で割ったものです。そこで、まずそれぞれの向きにどれだけ時間がかかったかを求めます。行きは 120 km を 60 km/h で走りました。式
行きにかかった時間は次のとおりです。
帰りにかかった時間は次のとおりです。
全体で 240 km を 5 h で走りました。平均の速さは次のようになります。
山田さんの平均の速さは 50 km/h ではなく、48 km/h でした。時速2 kmはどこへ消えたのでしょうか。図を見るとわかります。
長方形1つが1時間の走行を表し、中の数は山田さんがその1時間に進んだキロメートルです。赤で示した行きには2時間、青で示した帰りには3時間かかりました。行きも帰りも同じ 120 km ですが、遅い速さで走った時間のほうが長くなっています。5時間分の平均をとると、40が3回分入っているのに対して、60は2回分しか入っていません。
緑の段は、48 km/h で5時間走っても同じ 240 km になることを示しています。平均が 50 km/h になるのは、山田さんが二つの速さで同じ時間、例えば時速60 kmで1時間、時速40 kmで1時間走った場合だけです。ここでは同じ時間ではなく同じ距離を走ったので、平均は遅いほうの速さに引き寄せられました。
同じ問題を逆にすると、さらにひっかかりやすくなります。山田さんは行きをまた 60 km/h で走り、往復全体の平均を 80 km/h にしたいと考えました。帰りはどれだけの速さで走ればよいでしょうか。100 km/h と答えたくなりますが、速さをこのように平均できないことは、もうわかっています。往復 240 km を平均の速さ 80 km/h で走るのにかかる時間は次のとおりです。
しかし、行きですでに2時間使っています。帰りの 120 km に残された時間は1時間だけなので、120 km/h で走らなければなりません。では、平均を 120 km/h にしたい場合はどうでしょうか。往復全体を2時間で走らなければなりませんが、その2時間はもう使い切っています。帰りは0秒で着かなければならないので、どんなに速く走っても不可能です。
瞬間の速さ
車のスピードメーターは、ドライブ全体の平均の速さを示しているわけではありません。車が今この瞬間にどれだけの速さで走っているかを示しています。これを瞬間の速さといいます。しかし、式には何らかの道のりと何らかの時間が必要なのに、瞬間には長さがありません。どうやって計算すればよいのでしょうか。
そこで、どんどん短くした区間での平均の速さを使います。車が信号から走りだし、100 m 先に街灯が立っています。知りたいのは、車が街灯のところでどれだけの速さで走っているかです。陸上競技のタイム計測に使うような光電ゲートを街灯のところに置き、もう一つを街灯の 100 m 先、10 m 先、1 m 先と順に置きます。光電ゲートで車がそれぞれの区間を走るのにかかった時間を測り、そこから平均の速さを計算します。
| 区間 | 時間 | 平均の速さ |
|---|---|---|
| 100 m | 4.142 s | 24.14 m/s |
| 10 m | 0.4881 s | 20.49 m/s |
| 1 m | 0.04988 s | 20.05 m/s |
100メートルの区間では、平均の速さは 24.14 m/s でした。しかし、車はこの100メートルの間ずっと加速していたので、区間の終わりでは街灯のところよりずっと速く走っていて、その分だけ平均が大きくなりました。10メートルの区間では車が加速する分は少なくなり、1メートルではほとんど加速しません。区間が短いほど、その間の速さの変化は小さくなり、平均の速さは街灯のところでの速さに近づきます。結果は 20 m/s 付近に落ち着いていきます。10 cm の区間なら 20.005 m/s、1ミリメートルならさらに少し小さくなります。したがって、街灯のところでの車の瞬間の速さは 20 m/s、つまり 20 · 3.6 km/h = 72 km/h です。その瞬間にスピードメーターが示すのが、この値です。
つまり、瞬間の速さは、とても短い区間での平均の速さとして求められます。物体が進むわずかな道のりを Δs、それにかかる時間を Δt と書きます。ギリシャ文字の Δ は変化を表します。すると、次のようになります。
ただし、時間 Δt は、その間に速さがはっきりとは変わらないくらい短くなければなりません。どれくらい短ければ十分かは、運動によって違います。クルーズコントロールで高速道路を走る車は、1秒間にわずかしか速さが変わりません。壁にぶつかった車は、0.1秒で止まります。
等速運動とは、物体が等しい時間に等しい道のりを進む運動でした。これは別のいい方もできます。瞬間の速さが変わらない運動です。スピードメーターはいつも同じ数を示し、どの区間の平均の速さも瞬間の速さと同じです。速さが変化する運動では、瞬間の速さは変わっていき、平均の速さは、最も小さい瞬間の速さと最も大きい瞬間の速さの間にある、ある一つの数にすぎません。
発展:微分
極限と微分を知っていれば、表で何をしていたかがわかるでしょう。時間 Δt を短くしていき、比
表の車は、信号から時間 t の間に道のり s = 1 m/s2 · t2 を進み、10秒後に街灯のところにいました。t2 の導関数は 2t なので、次のようになります。
これは、表の値が近づいていった値そのものです。このほかには、物体の運動と力の分野で微分を使うことはありません。
ベクトルとしての速度
車がロータリー(環状交差点)を回っていて、スピードメーターはずっと同じ 30 km/h を示しています。車の速度は変わっているでしょうか、変わっていないでしょうか。
速度はベクトルです。車がどれだけ速く走っているかだけでなく、どこへ向かっているかも大切です。速度の矢印は
図では、車が灰色の破線の円の上を反時計回りに走っています。赤い矢印は車の速度を示しています。薄い色の矢印
では、4本の矢印をすべて一つの点に移してみましょう。矢印は、回転させたり長さを変えたりしなければ平行移動してよいので、これらは同じベクトルのままです。
4本の矢印はどれも同じ破線の円の上で終わっているので、大きさは等しく、
等速運動は道のりで見分けてきましたが、道のりには向きがありません。そのため、速度の大きさ、つまり速さが変わらない運動を等速運動と考えます。ロータリーを回る車は等速で走っていますが、ベクトルとしての速度は変わっています。これが大事な違いであることは、車に乗れば体で感じられます。運転する人がアクセルもブレーキも踏んでいなくても、カーブでは体を踏んばらなければなりません。その理由は、あとで加速度のところで説明します。
最後に、矢印が接線、つまりその点で軌跡にふれるだけの直線の向きを向く理由を説明しましょう。ここで平均の速さに戻り、今度はそれをベクトルとして、つまり平均の速度として考えます。車は時間 Δt の間に、点 A から軌跡上の別の点へ移動します。その変位は矢印
注意しましょう。このベクトルの大きさは、一般には道のりを時間で割ったものと同じではありません。変位はふつう道のりより短く、道のりと一致するのは、とても短い区間の場合だけです。
ベクトルを数で割ることは、そのベクトルに
図の黒い線は、車が左から右へ走る軌跡です。緑の矢印は、点 A から、だんだん短くした時間の間の変位、つまり A にだんだん近い点への変位です。長い変位は斜め上を向いていますが、短くなるほど傾きは小さくなり、時間が短いほど矢印は灰色の破線の接線に近づきます。瞬間の速度は、とても短い区間での平均の速度なので、接線の向き、図では赤い矢印の向きを向きます。
軌跡の接線は、目で見ることもできます。グラインダーの火花は、回転する砥石から接線の向きに飛んでいきます。金属のかけらが砥石から離れた瞬間に進んでいた向きです。回転させた傘から飛ぶ水滴も同じです。ロータリーの車が凍った路面に乗ってタイヤがグリップしなくなったら、円に沿ってではなく、速度の矢印の向きにほぼまっすぐ進んでいくでしょう。
いろいろなものの速さ
イメージをつかむために、いくつかの代表的な速さを丸めた値で示します。
| 運動するもの | km/h | m/s |
|---|---|---|
| 歩く人 | 5 | 1.4 |
| 自転車 | 20 | 5.6 |
| 100m走の世界記録 | 37.6 | 10.4 |
| 高速道路の車 | 120 | 33 |
| 旅客機 | 900 | 250 |
| 空気中の音 | 1,235 | 343 |
| 太陽のまわりを回る地球 | 107,000 | 29,800 |
| 光 | 1.08 · 109 | 3 · 108 |
表の音の速さは、温度 20 °C の空気中での値です。音は光に比べて遅いので、雷では稲妻が先に見え、そのあとで雷鳴が聞こえます。光はほぼ一瞬で届きますが、音は1キロメートル進むのに約3秒かかります。稲妻が光ってから雷鳴が聞こえるまで9秒数えたら、雷はおよそ3キロメートル先にあります。最も速いのは光です。月からは1秒あまり、太陽からは約8分で届きます。
計算ツール
道のりと時間を入力すると、平均の速さを計算します。最初に入っている値は、鈴木さん一家のドライブのものです。
最も単純なのは、速度が大きさも向きもまったく変わらない運動です。このような運動は等速直線運動で、次の記事等速直線運動で扱います。